2019/02/14 投稿

学校の先生の指導でも大丈夫?

「論文の添削やプレゼンの練習を学校の先生に見てもらおうと思うのですが、やっぱり専門の塾で指導を受けた方が宜しいでしょうか?」

 

当塾には、こうした質問は非常に多く寄せられます。

 

もちろん日本全国の全ての先生を知っているわけではありませんので断言はできませんが、過去の経験から言うと学校の先生のAO入試対策はあまりお勧めできません。

やはり小論文やプレゼンテーションは、英語や古文や数学と同じように一つの専門分野となりますので、合格するためには専門的な指導を受ける必要があります。

 

その理由は、教員と学者の違いにあります。

 

教員と学者ではその役割は全く違う

まず高校の先生は教員です。教員とは、指導する範囲があらかじめ決められていて、生徒がそれを学習し、習得できるように指導する人たちのことです。

一方で、大学の教授や准教授は学者です。学者とは、学問を研究する人たちのことであり、物事を詳しく調べたり、深く考えたりすることで、まだ誰も知らない事実や法則などを明らかにしていきます。

 

つまり、教員と学者ではその役割は全く違うものなのです。

 

そして、AO入試の志望理由書、小論文、プレゼンテーションは、採点者である学者に向けて書いたり、伝えたりしなければならないのです。

AO入試で大学が受験生に期待するアドミッションポリシーの多くが、「社会の物事に興味を持ち、仲間と協調しながらも自ら考えて行動するリーダーシップ」に関係しているのは、この理由によるのです。

 

したがって、AO入試の対策は、決められた範囲を指導する学校の先生では限界があり、合格するためには専門的な指導が必要になるのです。

 

学校の先生の間違った指摘例

過去の受験生の話ですが、当塾の指導のもとで書いた志望理由書や小論文を学校に持っていき、先生に読んでもらったところ「表現の仕方が良くない」「言っていることが曖昧でよく分からない」など数々のダメ出しをされることが良くありました。

受験生もかなり不安に思ったらしく、私にその内容を伝えてきました。

 

しかし、残念ながら学校の先生の指摘は、どれも的外れなものばかりでした。

私は、受験生にきちんとした理由と共に直す必要がないこと、自信をもって良いことを丁寧に伝えました。そして、そのままの内容で受験した結果どうなったかというと、見事に合格となるわけです。こうしたことの連続なのです。

 

それぞれに相応しい役割

私は常々、教員と学者は野球選手とサッカー選手のようなものだと考えています。

 

どちらも立派なアスリートではありますが、ルールも違えば道具も違います。

作戦の立て方も使う筋肉もチームのメンバーの数も違います。

それぞれ別の競技には、それぞれに相応しい選手がいるのです。